3,000万円以上を、株式で今持っている。アメリカ株とオルカン。これまでの市場の平均を見ていると、年間に+4〜5%伸びる。
年に120万円、150万円が生み出されることになる。カフェの時給1,000円のバイトを月に120〜150時間分。
つまり僕には、カフェで月〜金まで6時間働いてくれる分身がいる、とも捉えることができる。この分身をもっと大きくしたい。
しかしこの分身を大きくしたところで、本体の僕が充実していないと意味がない。
この分身、カッコつけるとマネーマシーンが生み出したお金を、一部は残し、一部は面白いことに使わないとダメなんだ。
30代前半にして、すでに先が見えた気もする
独身には、十分な収入になった
我ながら自分の人生を見ると、もう飽和してしまった気がする。よく言えば、アガリ。悪く言えば、どん詰まり。
浪人したり、留年したり、新卒の会社で四捨五入したら退職勧奨されたりと、色々あったけど、人生は何とかなった。
- 30代前半
- バキバキの独身
- 結婚願望なし
- 育児願望まるでなし、子供嫌い
- 資産は3,300万円、昨年アッパーマス層に
結婚したくもない30代。そんな奴、結婚することはきっとないだろう。
樹木希林がかつて、「結婚するなら若い愚かなうちに。分別がつくと、結婚なんかできなくなる。」と言っていた。僕は分別がある。分別のある大人になってしまった。
昨年の年収は850万円、手取りの年収が655万円。資産形成&貯蓄に回したお金は、350〜400万円。新NISAは360万円満額埋め切る。
お金を使えない体質になってしまった
お金に関して、なにか達観してきた気もする。というかどんどんお金を使えない体質になっている。
クリスマス、ボーナスの支給日など、お金を使う言い訳ができる日は、一年の中にいくつかある。仕事のプロジェクトを達成した日とか、人為的なものをいれるともっと多い。
こういう日に、何か高額なモノを買う人を、僕は愚かでマーケティングの産物になっている俗物だと思っていた。分別もねぇだろって思ってた。
「自分用のクリスマスプレゼントは何か買ったの?」って、先月同僚に聞かれた。買うわけねぇだろ、俺は踊らされねぇぞ、踊る側だってのが内心。
だけど口では「いやー、欲しいモノってあんまりなくて。物欲って年々なくなりますよね〜」と言って、お茶を濁してた。
僕の金銭感覚は高校生時代の頃から、そこまで変わっていない。これは驚異的なことである。我ながら。
コンビニで買い物しない。高いから。スーパーで買う。安いから。でもスーパーでお菓子とかジュースは買わない。高いから、栄養もないし。
学生時代に大阪のミナミにある深夜勤務のバーで時給1,000円でこき使われたマインドをいまだに覚えてる。ずっと立ちっぱなし。今思うと大阪で、深夜勤務で、時給1,000円はイリーガル。
個別授業の塾講師で、1コマ80分で、1,600円だった感覚が今でも消えない。ユニクロで、1,500円+税のTシャツを買う際に、「授業1コマ分か」って感じてる。毎回。
結婚も、育児も、したくない
子供は嫌いなので、育児はしたくない。ストレスめちゃくちゃ溜まりそう。金原ひとみの傑作小説「マザーズ」を読んで、余計にその気持ちは固まった。
そしてそれ以上に、育児にはお金がかかるからノーサンキューという発想で、子供一人を大卒まで仕上げるのに3,000〜4,000万円かかるとか悪夢すぎる。
子供が生まれた瞬間に、僕をアッパーマス層たらしめている分の資産額が消え去ることが確定するのだ。
マジか。どうして世の中の親は正気を保っていられるのだ。想像力がないのか、お金を無限に生み出せる特殊な方法を知っているのか、僕が知らないだけで。
僕はとにかく、お金に対しては守りが強い。守備力が高い。遊戯王で言えば、千年の盾。将棋で言えば、居飛車穴熊囲い。陥落されることはないのだ。
お金との付き合い方を変えるべき
お金のことを愛しすぎた
しかし最近になって、お金との付き合い方を考えるようになった。お金は大好きだ。愛しているとすら言える。
ずっとお金のことを考えてるし、心の底から失いたくない存在だと思ってる。会えていない時間にも、想いを巡らせる。これを愛と言わずして何と言うのか。
ただ問題は、お金を愛し過ぎているってことだ。お金はツール、あくまで手段。分かっているのに、愛が深過ぎて抜け出せない。
休みの日もそうだし、それこそ年末年始のバーゲンの際に、百貨店をうろつくことが多い。華やかな雰囲気だし、日々の煩わしさから抜け出せる気がする。
しかし買うことはほぼない。ハイブランドのお店は、いつも人で溢れかえっている。溢れているだけでなくて、実際に商品を購入している。
一発で高卒の初任給くらいの額を払っている。そのバッグで僕は家賃53,000円の家に半年住めるんだよ、って声をかけたくなる。
僕の年収が1,000万円を越えても、資産額が目標の5,000万円を越えても、僕はハイブランドを買うことはない。
正確に言うと、買える気がしない。金銭面に余裕があっても、ハイブランド品を買うメンタリティになれないんだと思う。
倹約生活が長すぎた弊害
きっと倹約生活が長過ぎたんだ。弊害が出てる。頭の中で複利を計算する。この商品を買わずに、アメリカ株に突っ込んでたら、10年後にいくらになってるのか、癖で計算してしまうんだ。
樹木希林の言葉を再度借りるなら、僕は分別がついてしまった。世の中の浮かれた空気には乗れない。企業側にとっての都合ももちろんだけど、消費者のテンションを上げるマーケティングに乗れない。
そんなん無意味だろって、クラスの大縄跳びに入れない子供みたいになってる。思い切ってという感覚がもうない。
ポイ活でポイントを貯め込みまくって、使い切らない間に生涯を終えた人がいたとしたら、きっと誰もがその人を馬鹿にするはず。
でもその人と同じジャンルの間違いを、僕は犯そうとしている気がする。お金というツールで楽しめる幸せ・可能性・経験よりも、そのツールを優先している。
コンテンツを見て、得たお金の気づき
羽田圭介「Phantom」
最近読んでめちゃくちゃ面白かった羽田圭介の小説「Phantom」。主人公の女の子は三十代前半のOL。
FIREガチ勢で、倹約のために人間関係も犠牲にしてる。まるで自分のことを書かれているようで、身につまされる。
その主人公が無料の投資セミナーに参加し、資産額が1億円を越えている老人たちと話すってシーンがある。
その身なりがとにかく貧相で、低価格アパレルメーカーの服を着ていて、貧乏オーラが滲み出ている。ドキュメンタリーで見た、生活保護者の人たちと同じような服装をしていると気付く。
きちぃって。厳しいって。ミリオネアになっても、風貌が生活保護者なのかよ。でもなんかすっごい絵が浮かぶ。
映画「茶飲友達」
その本を見た翌日に、「茶飲友達」って映画を観た。2013年10月に高齢者⚪︎春クラブが摘発された事件を元にした映画。
内容が内容で、後期高齢者が裸で絡み合うシーンを見たのは生まれて初めて。気持ちの良いものではない。年を経てからの性欲は、どことなくグロい。
若い見境のない状態で、理性が負ける様はドラマがある。でも年をとってからだとみっともなく見えるのかも。まぁピカソも晩年になっても、恋心をこじらせた絵を描いてたっけ。
その中で、⚪︎春クラブで売れっ子になった高齢の女性の方が、大金を寄付している。好きなモノを買えば良いのにって言葉に対して、「もう欲しいモノってないの」って応じる。
老人の体は見ていて楽しいモノでもない。若いうちが華だ。そして金を持って老人になっても、人とのつながりとかそっちの方が欲しくなるのだ。
Netflix「エミリー、パリへ行く」
同じ時期に、Netflixのドラマ「エミリー、パリへ行く」を見た。ちなみにこれらの作品は全て同じ週に見ている。まぁなんやかんや毎日楽しんでいるのかもしれない。
フランス人は人生を楽しんでいる。このドラマの中だけなのかもだけど、毎日夕食は外で食べている。
好きな服を着て、ちょっと高い食事をする。業務スーパーでまとめ買いした鶏胸肉を鍋で茹でて食べる、そんな僕みたいな奴はどこにもいない。
気を抜いたらどこかに出かけて、みんなで集まってる。コスパとタイパって概念がない。見ていて清々しい。
「茶飲友達」では60歳過ぎの女優のベッドシーンがあり、うーんとなる。「エミリー、パリへ行く」でも、60歳過ぎの女優の色恋エピソードがとにかく多いけど、なんかポップに見える。
アジア人と欧米人の差なんだろうか。パリという景観なのか。とにかくお金をケチらず、人生を楽しんでる感じは伝わってくる。
資産形成から、資産解体へ
お金の使い道を考える
老後に金持ってても仕方ない。そして金をケチりすぎても、貧相で魅力に乏しい。老人になった際に、資産がピークでも、高級老人ホームに入るくらいしか使い道なさそう。
「静かな退職」を発動し、ゴリゴリの倹約ライフスタイルが板についたので、資産形成はこのまま滞りなく進むはず。問題は、資産解体である。
取り崩すのはFIREなりサイドFIRE後がセオリー。目標は資産5,000万円。
ただ冷静に自己分析してみて、自分が5,000万円に達したからと言って、すぐに資産を切り崩すとは思えない。もっと資産を伸ばそうって発想になるはず。
そうなると仕事は続けることになる。そうなのであれば、今のうちに支出のウエイトを変えても良いかもしれない。もっと娯楽や遊びに使ってしまう。
- 異性との食事は基本奢る
「今まで逆に奢ってなかったの?」、そう、奢ってなかった - 身近な人にプレゼントを買う
- あえてクリスマスやハロウィンのイベントに全乗っかりする
プレゼント買う、コスプレする - あえて一生モノとは思えない服を買う
- とにかく美容に金をかける
ホクロ除去してみる - 休みの日に外食をする
- 安い銭湯ではなく、高いサウナに行ってみる
- 時間を生み出す
ドイツはお金よりも、余暇の方が良い報酬と思われてる - 旅行の頻度を増やす
有給休暇を早めに申請、誰かと行くなら早めに予定を立てる - 遠方の友人に会いに行く
- prime videoで気になった作品は、有料でも鑑賞する
- 習い事をする
楽器(ドラムしたい)、ダンスなど
パッと思いつくのはこれくらい。他にももっとあるはず。ムダ使いをしたいわけではない。
意味を感じないものにはお金は使わない。しかし面白そうと思ったコンテンツを、お金を理由に見送りは避けたい。
お金を生み出す分身と、本体の僕
3,000万円以上を、株式で今持っている。アメリカ株とオルカン。これまでの市場の平均を見ていると、年間に+4〜5%伸びる。
年に120万円、150万円が生み出されることになる。カフェの時給1,000円のバイトを月に120〜150時間分。
つまり僕には、カフェで月〜金まで6時間働いてくれる分身がいる、とも捉えることができる。この分身をもっと大きくしたい。
しかしこの分身を大きくしたところで、本体の僕が充実していないと意味がない。
この分身、カッコつけるとマネーマシーンが生み出したお金を、一部は残し、一部は面白いことに使わないとダメなんだ。
どうせサラリーマン生活はしばらく続く。転職はするかもしれないので、今の会社でずっとってわけではないけど、サラリーマン自体はそのまま。
メリハリをつけつつ、お金を理由に面白そうなことや、経験の機会損失は避ける。そんな一年にしていきたい。