30代になって、結婚したくもないし、子育てもしたくない。そんな人に捧ぐ記事です。
30代に入って、人生は同じ様相をしてくる
マイホーム、マイカー、は人生の枷だと思ってる
年齢も30歳を越えて、2年が経った。アラサーという表現はありがたい。27,8でも、30過ぎてもアラサーだからだ。
30歳周辺にいることは間違いない。そろそろというのか、周囲で結婚している同世代も増えてきた。子育てしている人もいるし、子供がすでに2人もいるなんてのもザラ。
どうしてこうも、みんな決まって結婚して、子供を産むんだろうか。国からそういうお達しが来たんだろうか、僕の家には来なかっただけなんだろうか。
僕が今住んでいるのは地方で、とにかくみんな30歳を待たずに結婚している。
会社で同い年で、以下のステータスの人がいる。
- 既婚
- 去年に新車購入
- 今年に新築購入
- 今年にベビー爆誕
大丈夫なんだろうか。人生の自由度、減らないのかな。「一国一城の主やん、羨ましい!」となるのが健全なんだと思うんだけど、あまりそうも思えない。
ちなみに僕のステータス。完全なる裏である、いや、もはや対偶というべきか。
- バキバキ独身
- 車なし
車に興味もなく、買う予定もなし - 賃貸
家に興味もなく、管理費込みで5.3万円 - 子供なし
子供は嫌いなので、子育てだけはしたくない
ここで恐ろしいのは、同じ会社、同じ給与形態というところである。
もちろん評価などで多少は変わるものの、誤差みたいなもの。お金の使い方に差があり過ぎる。
結婚なども、所詮はマーケティング
自分は自分で貪欲なタイプであり、もっと金くれなテンションで生きてる。会社はATM、出てくるタイミングが遅いだけ、新入社員の頃に根付いたマインドがいまだに消えない。
同情しても、しなくてもいいから、日本銀行券をくれ。積立NISAを360万円満額で突っ込んだし、その上で2カ国海外旅行に行けた。それでももっと欲しい。
そんな自分なんだから、結婚して、車も家も買って、子供でも生まれたら、精神を保てなくなりそう。
- 結婚
- 車
- 家
- 子供
とにもかくにも、この4つに懐疑的。社会が産んだマーケティングの産物としか思っていない。
大人が都合のいいように、行動を促してるだけだと信じてる。まぁ、自分も立派な大人ではあるんやけど。
昨年は結婚に関して、データも調べて、色々書いてみた。自分の嗜好は全く変わらない。
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ずっと子供嫌いとして生きてきた
子供は尊重され過ぎている
僕は昔から子供が嫌いだった。自分が子供の時から、子供が嫌いだったまである。
聞き分けの良い子でもなかったし、ぎゃあぎゃあと品も節操もなく騒ぐ、飢えた鬼と書いて、まさに「餓鬼」だったと思う。それでも何故か子供は嫌いだった。不思議なもんだ。
大学生の頃はまだ良かった。「子供嫌いなんだよね」って、大っぴらに発言できた。周りの友人は学生なので、子供もいなかったからだ。
しかしこの歳になると、ややこしくなる。子供disをすると、子育てしている人からしたら、「え、おれがdisられてるの?」って捉えられかねない。
子供というのは厄介なもんで、絶対的に正しい存在として君臨している。みんなが愛すべき対象のシンボルになってる。
みんな大好きなはずのカレーを嫌いって言う人は容認されるのに、子供はそうはいかない。
映画やマンガなどの創作物を見てもそうだ。どんな理由であれ、子供を手にかけたキャラクターは悪になる。それはそれで良いんだけど、カリスマじゃない。しょぼい悪にしかなれない。
「子供は嫌い。少子化ってマジで進んでるの?そこらへんに子供いるやん!?」って言ってたのに、最近では「いやー、子供はあんまり得意じゃなくて・・・」とぼやかすに止まってる。発言の自由なんてあったものではない。
子供が好きな女性は、苦手である
どこかの宗教の神様をバカにする方がまだ容易いのかもしれない。
子供は僕にとって、ひとつの指標として機能する場合がある。特に女性関係。
子供が好きな女性か、そうではない女性か、ここで見極める。子供が好きだと公言する女性は多い。しかし全員がそうではないはずだ。多様性を都合の良い時だけ使うのは許せさない。
しかも「処世術として、子供が好きと言っておくべき」と考えている、子供に対してなんら愛情を持っていない、見目麗しい美人もきっといるはずだ。
初対面の女性と仕事の話をする。オンライン会議で、自宅から参加している人の画面に、ペットや子供が映り込むってシーンはたまにある。
その時に女性が「子供なんていくらでも画面に映してくれてもいいよぉ!」と言ったとする。その時点で僕は「この人とは仲良くなることはないな」と判断してしまう。
ちなみに実話。世の中はこの手の暴力で溢れている。
ピクサー映画では決まって子供は、小動物のように描かれている。小動物のような愛らしさということではなく、話の通じなさというニュアンス。
これは非常に誠実な態度だと思う。一人間として会話が成立しなかったり、感情を暴発されるのはキツい。
それに子供や赤ちゃんは、造形的に可愛くはない。子供だからって、自動的に可愛くはならない。
西洋系の血を引く子供は可愛い。これは間違いない。可愛いから好きである。しかし厚ぼったい顔をしている子供は嫌い、可愛くないから。
大学生の頃に塾講師のアルバイトをしていた際に、小学生も多くいた。全然可愛くない子に対しても、講師や社員たちは「可愛いね〜!」と、藤森慎吾よろしく声をかけていた。
不思議だった。同じものを見ているはずなのに。あれだろうか、小学校の男子が全員ハマったであろう、角度を変えると絵が変わる下敷きなのか。自分が見えているものとは違うのだろうか。
丸刈りの男の子で、僕には伊武雅刀にしか見えなかったのに。
結婚のメリットはなんなのか?
メリットがひとつも刺さらなかった
AIに結婚に対する、男性のメリットを教えてもらった。
- 好きな人と一緒にいられる
- 家族や子供を作れる
- 家事の負担が減る
- 健康管理に対する心配が少なくなる
- 仕事のモチベーションが高まる
- 精神的に支えられて落ち着いて仕事ができる
- 本質から自信が持てるようになる
困った。ひとつも刺さらない。クリティカルヒットしない。なんでだ。
子供はいらねぇって言ってるのに、メリットとして語ってくれるな。養育費で3,000〜4,000万円もかけてられない。ランボルギーニか。
家事の負担が減るってなんやねん。ケースバイケースやろ。ドラム式洗濯機買う方が早いやないか。
健康管理に対する心配がなくなるってなんやねん。そうとも限らんやろ。自炊メインで、健康診断いつもAぞ。
自信が持てるようになると言われても、もうすでにある程度自信はある。SNSをやめる方がよっぽど効果がある。
税扶養とか、もっとそういう腑に落ちるメリットを語ってほしかった。生成AIはまだ芯を食ったことを書けないってことで、ちょっと安心もした。
誕生日を迎えるたびに、これからの人生を考えるものの
誕生日を迎えることによって、毎回少し考えるきっかけが生まれる。
「またひとつ歳をとったけど、このままで良いのか。」とか「亡くなるまでひとりぼっちでは?」と。そして次の日には忘れる。なんでもいいや!というマインドになってる。
そもそも結婚したからといって、健康に生きれたとして、60〜70年先の亡くなるタイミングで一人じゃない保証はない。パートナーと死別する可能性もある。
というか離婚する可能性だってある。というか離婚には至らなくとも、「この人といるのは限界」となってるパターンもある。
ここ最近で愛読していた金原ひとみも、先日離婚していた。「すごい目の前がパーッと開けて、視界がクリアみたいな…4Kの世界に来たような」と語っていた。
涙の数だけ強くなれる。ピアスの数だけ強くなれる。金原ひとみ、ありがとう、信じてるぞ。おれはずっと4Kやけどな。
僕が大学生の頃に、「4minutes」という韓国の女性アイドルグループがいた。一曲4分の間に、それぞれの魅力を披露するというのがグループ名の由来だそうだ。
「WHY」という曲をオススメされて聴いてみた。かっこいいんだけど、3分26秒だった。WHY?
「死がふたりを分かつまで」なんて言うけど、やっぱりみんな離婚するんだな。WHY?
子供を作る気がない人へのアドバイス
創作物でも、自分の遺伝子は残せる
どれくらいいるのかは定かではないけど、僕みたいに結婚意欲がなく、子供が嫌いな人もいるかもしれない。
ここからはとっておき、そんな人へどう生きるのが最適なのか、その方法をレクチャーしたい。
ミームを作る、これ。もっというと、なにかコンテンツを作る。
影響を受けた本のひとつ「利己的な遺伝子」。ここでは生物の行動や習性が、全て自分の遺伝子を残すことに繋がっていると書かれている。
そう、ここ!こここそがキモ!
人間は他の動物と比較して、ずば抜けて知能が高い。人間は実際の子供でなくても、自分の作ったミームに、自分の遺伝子を感じるのである。
コンテンツを生み出すことに、子孫繁栄と似た目的意識を見出せる。これが人間の特性なんだそうだ。そう考えると、家庭を持たなかった破天荒な、芸術家や文豪の存在も納得がいくってもの。
とにかくミームを作れ!
だからなのか、僕はこうやってブログを書いているのかもしれない。
最近は小説を書き始めた。10,000〜12,000字の短編を、この一ヶ月で3本くらい書いて、文学賞に応募した。
過去にYouTubeで動画を作ったりもしたけど、あまり性に合わなかった。動画編集にハマらなかったのだ。映画はあんなに好きなのに。あくまで観る専門だったらしい。
絵を描く能力があるわけでもない。音楽の才能があるわけでもない。ギターは途中で挫折した。3度トライしたが、3度ともしっかり諦める。
もし音楽をするなら、ラップをしたい。音痴だって歌えちゃう、超敷居の低い歌唱法だし。
ここで大事なのが、何かを生み出す満足感があるかという観点。それがバズるとか、ヒットするとかは気にしなくても良い。
生成AIの発展は凄まじい。文章だって人が書かなくても済むし、絵や音楽もAIに指示をすると作ってくれる。
しかしそれはそれ。自分の手で作ることに意味がある。作ったという感覚を味わうべき。ミームを生み出したという満足感が大事。
楽しくもない議事録なんかはAIに書かせる。結婚したくない、子育てもしたくない、そんな人。何かを生み出すべき。