人と接する時に、念頭においていた方がいいことがあります。それは、「人は全員生まれながらにして評論家である」ということ。
どんな人でも、何かしら意見や批評を持っています。職場でもまさにそう。どんな人でも、所属している組織の問題点を上から批評するものなんです。 僕もそういう一面確実にあります。
面白いもので、自分の身の回りの環境や人物や集団を評論していない人はいません。これは、どれだけ頭の回りが悪かったり、仕事ができない人でも絶対にそうなのです。
思っているほど、人はあなたに関心はありません。しかし、思っているほどあなたに無関心でもないのです。おそろしや。。。笑
・人間関係が難しい・・・
・周りから陰口を叩かれているかも・・・
という人にむけて書きました。
最初に結論から!
- 人はそれぞれ独自の価値観を持って、世の中を見て評論をしている
- 何かを評論する人は、頭が良く見えるもの。錯覚してはいけないし、時には錯覚させるべし
- 自分も知らず知らず周りの人に批評されている。親しき仲にも礼儀あり、これを忘れずに
世界には、価値観が76億パターンも存在する
人はそれぞれ様々な尺度で物事を見ています。そうして、その尺度は基本的には正しいものだと思っているもの、もちろん僕も。
国や文化や宗教が違っていたりすると、最初から「ああ、価値観は違うんだろうな」なんて気持ちで臨めます。しかし、同じ国で同じ文化圏であるとそうもいかないもの。
育ってきた地域でも変わりますし、家庭環境でも違う。つまり、人はそれぞれ独自のフィルターで世の中を見ているものだと覚悟した方が良い。
「みんな(完全に深いレベルで)分かりあえる」は悲しいかな、幻想です。というか、おそらく全く一致する価値観を持っている人なんていないはず。
人は、みんな評論家である
そうして、ここから本題。人は無意識に自分が所属している組織や、世の中の動きを自分独自のフィルターを通して見ているわけです。
全員が違う価値観で、同じ物を見るわけですから、当然色々な批評が生まれます。口に出すか出さないかは別にして、胸の奥にみんな何かを溜め込んでいるわけです。
例えば、職場などが非常に分かりやすい。僕の職場に限った話であれば申し訳ないのですが、飲み会になれば必ずみんなグチを言う。人のグチや、組織のグチ。
今日昨日来ましたという様な人を除き、必ず何かしらの批判的な意見を持っています。アルコールが入った状態で、
うちの部ってどう思いますか?
いや、ここだけの話だけど・・・
と必ず、その人オリジナルの評論が聞けるわけです。そうして、人は批評をする時、必ず共通するのは、上から目線になるということ。
僕も完全に自覚はあるので恥ずかしい話ですが、批評というのは非常に気持ちのいいもの。自分を完全に棚に上げて、一方的に切り込めるし、自分が優位に立っている錯覚に陥ってしまうんです。
そうして、自分が上から見下ろす立場になったと思うことで、しんどい仕事やどうにもならない人間関係・組織と折り合いをつけているとは思うのですが。
ライムスターも、「余計なお世話だバカヤロウ」という曲で、宇多丸師匠がこんなことをラップしていました。
バカヤロウと言やぁ最近の野次馬
妙に偉そうな空気が充満
一銭たりとも払わず
気分だけは一家言持ったコンシューマー
人間関係で、こんな時に気をつけろ!
優しいと思っていた人が、痛烈な批判を始めた時
そういう人間の習性を理解した頂いた上で、注意しておいてほしいことを書きます。まずは、身近にいる優しいと思っていた人が、何かに対して厳しい批評を始めた時。
ここで、
優しいと思っていたのに、そんなことを考えていたんだ。幻滅するな・・・
となってはいけません。何故なら、それはそういうものだから。どんな人でも評論家で、必ず物事を斜に構えて見ている側面があるのです。
人は自分の周りのものを、批判しながら生きていて、それを口に出すか出さないかの違いなんです。もし、優しくて人畜無害だと信じていた人が、手厳しい発言をしだしたら、
なんや、この人も人間臭いところもあるんやな
くらいに思っておきましょう。責めちゃダメ。
ナメていた人が痛切な批評を始めた時
続いてのパターンは、自分がナメていた人が、鋭そうな批評を始めた時。
どの本に書いていたか忘れたのですが、肯定している人よりも否定・批判している人の方が知能が高く見えるそうなのです。言われてみれば、確かに腑に落ちます。
つまり、身の回りの人が批評を始めた時、
こ、こいつ・・・頭良いんじゃないか!?
と錯覚しちゃダメということです。友人で物事を深く考えていない人でも、職場で人の足を引っ張りまくっているだけの人でも、必ず一家言は持っています。
その内に秘めた意見が出た瞬間に、その人に対する評価を覆してはいけませんし、気押されてはいけません。
反対の観点から見れば、あなたが周りにナメられているなと思った時は、逆にこの手法を使ってみる。パフォーマンス的に自分の批評を発表してしまうです。
周りの人も、
ちょっとナメてたけど、こいつ冷静に観察してるんだな・・・
と思いますし、プレッシャーを与えることができます。
毎日決まったメンバーで多くの時間を過ごす時
最後は、自分の身の振り方に関するもの。「人は思っているほど他人に興味がない」なんて言葉があります。
これは本当にその通りだと思っています。ですが、こうも言っておきたい。
人は思っているほど他人に無関心でもない
僕は今の会社に入った時に、職場の人はそこまで自分に興味がないだろうと思っていました。なので、周りの目を特に気にすることなく振る舞っていたのですが、痛い目をみることに・・・詳しくは以下記事を見て下さい。
やはり、人は評論家。あなたの周りの人間は、あなたが思っているよりもあなたのことを見ています。 楽しく打ち解けている仲間でも、どこか冷静にあなたのことを品定めししているんです。
実際に言語化されていないので、あなたの目や耳に届いていないだけ。周りの人はあなたのことを批評しているのです。良い評価なのか悪い評価なのかは、あなたの人間性次第。
なので、僕から言えることは、親しき仲にも礼儀ありということ。いつも会う人・仲の良い人でも、その人にとっていつも気持ちの良い人間でいることを心がけましょう。
僕は気を使いすぎるタイプなので、考え過ぎかもしれません。人と接するのを、難しく考えすぎないで下さいね。笑
まとめ
では、最後にこの記事をまとめます。
- 人はそれぞれ独自の価値観を持って、世の中を見て評論をしている
- 何かを評論する人は、頭が良く見えるもの。錯覚してはいけないし、時には錯覚させるべし
- 自分も知らず知らず周りの人に批評されている。親しき仲にも礼儀あり、これを忘れずに
偉そうなことを書きましたが、ある種ブロガーは評論家気質をこじらせて昇華させた存在なのかも知れません。笑 呆れずに、また僕の記事読んで下さいね。
ではでは!