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現実が苦しい人に読んでほしい。辛い現実よりも、楽しいフィクションを!現実と向き合う為には、現実逃避もたまには必要という話。

現実は辛い。かといって現実から逃げることはできない。できないというか、もはや許されてもいない。

 

「命が一番大事!」とは口先で言ってみるものの、命に差し障るからと仕事を辞めた人に対して世間の目は厳しかったり。

 

Mr.Somebody
現実逃避は悪だ!そもそもの解決になっていない!

 

という意見も分かる。これは本当にその通りだと思います。

 

しかし毎日自分の足りていない部分を意識させられているので、現実逃避をする余裕もない。能動的でもなく、現実に直視させられている人も多いはず。

 

結局根本的な解決をしないと何も変わりません。ただ解決に打って出るのに、エネルギーが必要なのもまた事実。

 

辛い現実よりも、楽しいフィクションを!

 

というのが僕からの標語。現実に打ち勝つためにも、フィクションを楽しむという行為が必要だと思うんです。

 

Mr.Somebody
・毎日が辛くて仕方がない
・現実を直視したくないけど、罪悪感を感じる

 

という人にむけて書きました。

 

最初に結論から!

 

この記事のまとめ

  • 終身雇用を享受し天寿を全うした人はいない、したがって人生の正解はまだ確定していない
  • 人間は虚構とフィクションによって、発展してきたし救済されてきた
  • 辛い現実と戦うエネルギーを蓄える為にも、楽しいフィクションを味わうべし

 

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辛い現実を笑ってやり過ごしたい

現代社会は辛く苦しい。そうじゃない瞬間も多く存在しますが、生きるってだけでそもそもがハードモード。

 

一寸先は闇。安泰に進んでいても、いつ落とし穴に落ちいるかは分かりません。レゴブロックと一緒、組み立てるのは時間がかかるけど、崩れるのはマジで一瞬。

 

離婚、失恋、家庭内不和、親しい人との別れ、仕事でのトラブル、クビ、怪我や病気。今まで上手くいっていたと思っていても、何かのはずみで全て台無しってことがあるのが人生。

 

Mr.Somebody
人生で今まで苦しいことなんか、一回もなかったで!

 

という人がいれば、それはきっと努力もチャレンジも何もしてこなかった、もしくはまだ人生経験が浅いだけ。

 

 

単純に生きてきた年月が短いんでしょう。もしくは長年生きてきて本当に辛いことが一回もない、万物の長である人間の中でもさらに長である選ばれし人間なのかも。

 

まぁそんな人なんて、いたとしてもごく一部なはず。思い通りにはならないし、不条理に苛まされて僕もあなたも生きている。それが人生。

 

お金の問題もあるし、人間関係の問題もある、健康の問題だって一生つきまとう。ふと気になりだすと、頭がおかしくなりそうになるんですよね。

 

サラリーマンの歴史って、まだ100年くらいらしいのです。ちなみに僕はゆとり世代の恩恵を存分に受け切ったサラリーマン。

 

時代の狭間で生まれてしまった、資本主義と教育制度の絞りカスのキマイラ。それが僕、よろしくどうぞ。

 

第1次世界大戦後の1920年代、世界的に産業構造が変化するなか、事務職が増加。ここで「サラリーマン」の原型が出来上がったとされています。

 

 

サラリーマンという存在が生まれて、まだ100年。終身雇用制度なんかに至っては、歴史はまだ70年くらい。

 

つまり終身雇用制度が浸透して以降で、生まれて寿命でこの世を去った日本人ってまだいないと思うんです。平均寿命なんて90歳近いんですから。

 

終身雇用制度もいずれなくなると言われています。イノベーションの進化も計り知れない。

 

正解ってどこにも存在してないよね・・・!?

 

ということに気付く。

 

同じ会社で勤め上げる、マイホームとマイカーを買う。これを正解としてきた団塊の世代でさえ、元気にまだまだ生きている。

 

となると僕らに正解を提示してきた年配層は、まだまだレースの途中。途中結果だけで、僕らに正解を押し付けてきてるわけです。

 

平均寿命はおそらくこれからも延びる。人生は続く。そのくせして正解はない。暗闇の中を歩き続けるしかない。

 

これで人生が辛くないなんて思える方が、どうかしていると僕は思うんです。

 

ひとつひとつ対策して、目の前の目標を達成していくしかありません。あまりにも先のことは対策しようがないんだから。

 

「老後の資金を貯めましょう!」と思っても、そもそも50年後に「老後」なんて概念が残っているかも不明。

 

「辛い現実を、都合の悪い時は、直視しない」、これは過小評価されているスキルなのかも。その為に、人間は虚構に縋り、フィクションに耽溺しているんですね。

 

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身の上話と、知識の話を使い分ける

フィクションという大げさに聞こえるかもしれませんが、そこまで深刻になる必要はありません。

 

現実の辛い部分に触れない内容、これをフィクションと定義しても良いと思います。

 

人と話す時は、悩みよりも知識を話題にしよう!

 

これが僕からの提案。もちろんケースバイケース。相手が真剣に相談してきているのに、トリビアを披露しても仕方ありません。多分嫌われて終わってしまう。

 

しかし「面白い会話」のベースは「知識」にあるのです。過去記事でも紹介した田中泰延さんの名著「会って、話すこと。」に書かれていました。

 

興味があったり深い間柄でない人間関係において、深刻な身の上話はかなりヘビー。聞いた方もリアクションに困ってしまう。

 

親友やパートナーや家族など近い間柄の人になら打ち明けるべきですが、そうでなければ控えた方が無難でしょう。相手のリアクションを強要してしまうことになりかねません。

 

そもそも会話のベースは「知識」なんですね、ここを意識する。人間の体は水でできている様に、会話も知識でできている。知識のない会話って、聞き続けるのもなかなかにしんどい。

 

とは言え、特に難しいことをする必要はありません。ちょっとした知っていることを言う、これでOK。相手を感心させたり、知識をひけらかす必要はありません。

 

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あくまで僕個人の意見ですが、悩み相談よりも知識や知的ゲームやディベートしてる方が楽しかったりする。ずっと趣味の話をしている方が、充実した時間を過ごせている気がする。

 

その瞬間に集中して、鬱々と考えている平素の問題を忘れることができるから。予定を合わせて友人と会っている時くらい、嫌なことは脳から追い出してしまいたい。

 

改めて考えてみると、飲み会であれ、友人との食事の際であれ、僕は当たり障りのないことしか話してきませんでした。良いのか、悪いのか。

 

人に自己開示ができていなかったので、僕の一部分しか認識してもらえていなかったりもしていました。ここは完全に僕の落ち度。

 

本当に親しいと感じている人には、適度な身の上話は大事だと思います。

 

 

身の上話a.k.a.自己開示とのバランスは配慮して、それ以外はただ楽しいだけの話をしていれば良いと思います。核心をまるでついてない、非常に甘噛みな会話。この緩さが人を救ってくれるはず。

 

Mr.Somebody
ああ、楽しい時間だった!

 

と純粋に感じることのできる時間を増やしたい。

 

もし議事録を書いたとしても、何を書くことがなくても良い。ところてんみたいに、ゼロカロリーだけど喉越しが優れていれば、それで良い。

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フィクションこそが人を救う

タランティーノのイカしたフィクション

僕の趣味のひとつが映画鑑賞。その中でも最も好きな映画監督が、クエンティン・タランティーノ。神様。無神教者の僕ですら、思わず崇めてしまう生きる伝説。

 

最も知名度のある作品は、「キル・ビル」でしょうか。もともとレンタルビデオ店で店員をしていました。

 

映画を見まくって、映画への愛情を抑えきれずに自身も映画監督に転換。まさに映画を愛し、映画に愛された男。

 

タランティーノ監督作はこれまでに全て鑑賞しました。全て好きなのですが、ここでは2作品を紹介します。

 

「イングロリアス・バスターズ」「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」のふたつ。

 

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ネタバレになるので、あまり詳しくは書きませんが、この映画は映画史に残る発明をしているんです。

 

それは史実の書き換え。実際に起こった事件や、実在の人物が出てくる。実際の事件だから結末はもう決まってしまっています。それを書き換える、こんな荒技をしたんです。

 

Mr.Somebody
辛い現実よりも、楽しいフィクションを!

 

をまさに地で行っている展開。

 

源義経の大ファンの人が、義経が源頼朝を返り討ちにするってオチにするのと同じノリ。

 

織田信長の大ファンの人が、織田信長にまつわる作品を制作し、本能寺の変を乗り切るラストに変えてしまうのと同じノリ。

 

実際にあった出来事が気に食わないから、自分が気に入っているエピソードやエンディングにしてしまう。反則でもなんでもないけど、誰も気付かなかったウルトラC。

 

目を背けたくなる歴史、なんとも後味の悪い結末。こんなん無視。それよりも笑えて楽しいフィクションにすり替えてしまう。フィクションこそ僕らの気持ちに寄り添ってくれる。

 

「イングロリアス・バスターズ」は、ナチスものと呼ばれる映画ジャンル。ユダヤ人迫害や、ヒトラーに関して造詣が深い人は是非見てみてください。

 

 

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」は、実際にあったシャロン・テート殺害事件を基にした作品。ハリウッドの黄金期に興味がある方は、是非鑑賞してください。

 

辛い現実よりも楽しいフィクションを

先日映画好きな友人と一緒に映画を観に行った際の話。鑑賞した映画や最近見た映画の話で、ひとしきり盛り上がった後、

 

Mr.Somebody
現実が楽しくないし、人生に不満があるから映画観てるねんな

 

と徐に友人が発言しました。「なんて夢のないことを・・・」と思うと同時に、

 

まぁ確かにそうだよね・・・

 

と思う自分もいたのです。

 

マンガもアニメも映画も、創作物ならなんでもそう。人生になんの不満もなくて、毎日充実しているなら享受する必要ってない。

 

別に見なくても楽しいんだもん。見るだけ時間の無駄やんって、そりゃなるわ。

 

しかし裏を返せば、人生が楽しくない人の一番の味方は、創作物でありフィクションってことになる。

 

思い通りにならないからこそ、作品に出てくる登場人物の葛藤に共感してカタルシスを感じることができる。

 

平成最後のベストセラー(たぶん)である「サピエンス全史」

 

Mr.Somebody
人間は虚構を信ずる能力を持っている

 

というのがこの本の骨子。お金なんてただの紙だし、神だって脳内の概念で具体的な物質はない。組織や会社や国家でさえ、僕らが認識できているただの虚構。

 

つまり人類はそもそも、虚構・フィクションがあったからこそここまで発展してこれたと。

 

フィクションに耽溺して、現実逃避をする。これって実は人間の一番自然な姿なのかも。

 

もしあなたが現実から目を背けていても、フィクションの世界に救いを求めていたとしても、

 

Mr.Somebody
人間ってそういう生き物だよね

 

と思って自分を許してあげてほしい。

 

何はともあれ、難しく考えすぎない

Mr.Somebody
心配事の79%は起こらず、16%は事前準備で対処できる

 

というのが最近の研究で明らかになっています。マジで太刀打ちできないのは、たった5%。100-79-16=5。はい、そうです。僕は理系です。引き算できます。

 

世の中では、「何事も前向きに取り組む」というスキルが重要視されています。これはもちろん大事、否定しません。

 

しかし何が起こるか分からない、前向きに取り組む気力が起きないなんて場合もあるでしょう。

 

朝ベッドから起きる勇気こそが必須スキル!

 

とも言えるかもしれません。

 

起こるか分からないことにクヨクヨしても仕方がない。でも現実が辛いことには変わりがない。

 

こうなったらもう難しくは考えてはいけません。とにかく朝ベッドから出て、僕らなりの一日を始める勇気さえあれば良いんです。

 

その勇気を後押ししてくれるものが、フィクションであり、現実逃避なのかも。

 

架空でも良い、虚無でも構わない。今いるこの一瞬に「意味がある」と錯覚できたら、今日も生きていける。

 

放っておいても、現実は容赦なく僕らは押し潰しにかかるでしょう。どうせ戦うのであれば、最高のコンディションで。

 

嫌なことを考えて戦う前から、自分をすり減らしてしまったら元も子もありません。

 

辛い現実を直視せずフィクションで気を紛らわす。エネルギーをとっておく。そして本当に辛い現実が襲ってきた時に、全ての力で立ち向かいましょう。

まとめ

では、最後にもう一度この記事をまとめます。

 

この記事のまとめ

  • 終身雇用を享受し天寿を全うした人はいない、したがって人生の正解はまだ確定していない
  • 人間は虚構とフィクションによって、発展してきたし救済されてきた
  • 辛い現実と戦うエネルギーを蓄える為にも、楽しいフィクションを味わうべし

 

このブログは、僕の実体験、考え、趣向をもとに記事にしている雑記ブログです。会社員をしながら、毎日少しづつ書き溜めています。

 

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