会社員コルレオーネBLOG

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大人になると友人と疎遠になる!?再会の時を大事にしよう!

大人になると、というか社会人になると友人というものはなかなかできません。
お金を介さない人間関係というものは非常にレアになってきます。  

 

僕はかつて友人など全く不要だと思っていました。
しかし、現在も基本いらないと思っていますが全く不要は言い過ぎかなと。

 

 結論から言うと、「友人を今後増やしていく努力はしなくてもいいが、これまでの友人は大事にしたほうがいい」 

 

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友人断捨離期

僕は友人を過去意識的に断捨離していた期間があります。
というか意識しない断捨離などないか。笑

 

原因は留年したこと。
大学で回りの友人たちは学年が進みましたが、自分は進んでいない。
正直これは誠に面白くなかったのです。

 

学年を経るごとに、友人たちは基本的に同じ学部の人間になります。
その頃はパズドラに代表されるスマホゲームが大流行していました。
友人たちはみなその話ばかり。
僕は興味がなかったのでしていませんでしたので、話についていけず。
どうせ一過性のムーブだろうと無視を決め込んでいました。  

 

そんなこんなで毎日集まってはだらだらとスマホゲームの話ばかり。
僕は大学の人間関係を煩わしく感じていたのです。
そのタイミングで、留年が決まると。
必修科目を落としただけで、単位数は問題なし。
つまりあまり大学に来る必要のない留年でした。

 

この時に僕の心に浮かんだのは、 「人間関係を断捨離しよう」というものでした。
大学生の初期は機会や誘いがあれば、ほぼ必ず飲み会に足を運んでいました。

しかし、徐々に「毎回同じような話しかしてないし、面白くないな」と思うように。。。
メンツも変わらず、毎回内輪ノリ、大学から片道1時間半ということもあって飲み会など授業外は早めにフェードアウトしていました。  

 

この時の僕には、人間関係を整理するいい機会に思えたのでした。 
結果から言えば、断捨離自体は大成功だったとは思います。

 

自由な時間が増え、建設的な生活を送ることができました。  
ただ一つ弊害があるとすれば、「断捨離し過ぎた」こと。笑

 

大学の友人に関わらず、地元の友人、中学・高校の同級生などもことごとく距離を置いてしまっていました。
留年が決まってから卒業するまでの間、接する人間関係のほとんどは家族かバイト先というそんな状況でした。

 

特に単位が足りて大学に行く必要がない半期は休学していましたので、もはや完全にフリーター。笑

 

塾講師のバイトをしており、バイトの時間帯は17時半~22時まで。
朝8時に起床、両親は仕事、弟は大学へ。 一人で夕方まで過ごし、その後バイトへ。
23時ころに帰宅、夕食を食べ風呂に入り就寝というスケジュールでした。  

 

不思議とこの頃は孤独感はまるでなく、自由の喜びを噛み締めていました。
いずれ会社に入って社会人になるとは思っていたので、いつか終わる自由だと分かっていたからだと思います。  

 

留年が決まって卒業するまで2年半。 1回生、2回生、3回生(一回目)、3回生(2回目)、4回生というスケジュール。

 

3回生(2回目)後期から卒業までの間、ほぼ誰とも遊んでいなかった気がしています。  誘われても行きませんでしたね、面倒くさくて。
あ、でもバイト先の音楽の趣味の合う友達とサマソニに行ったことあったな。
まぁそんなもんかな。

 

この時の体験は過去記事に詳しく書きました。

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過去の友人と再会期

もともと人間に興味のないのも相まって、人間関係はできるだけミニマムにと思っていましたが、今年になりかつて疎遠になっていた友人と再会する機会がありました。  

 

それは高校の友人の結婚式。  
今年に入り2件ありました。
当初は面倒だと感じていましたが、行くことに。
祝儀3万円って地味にきついよな・・・  

 

 ちなみに僕は結婚式反対派です。笑

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高校卒業して早10年。
卒業して一度も再会していないメンバーもおり、10年越しの再会。  
意外だったのが、実際に会って話してみて、感じたのが「なんだかんだ来てみて良かったな」と。

 

中学や高校や大学などのある時期に仲良くしていて、節目節目で疎遠になることはよくあります。
頭では分かっていますが、改めて肌で感じるのが「会っていない間もその人の人生は進んでいるということ」

 

自分は日々成長(老化?)しているのに、友人たちは記憶の中の若いまま。
久々に会って見た目・中身や境遇も変わっているのを目の当たりにして、「こいつも人生進んでたんだなぁ」って当たり前のことに気付くわけです。

 

しかし、面白いもので話していると当時のことが思い出されます。
面倒くさかった先輩の話、面白かった先生の話、一緒に下校していたころの話。
世の中にタイムマシーンはないですが、当時の友人と同じ時間を過ごすだけで、過去に戻ったような錯覚に陥ります。

 

回顧主義などはありませんが、今の自分につながっている過去を見つめなおせるのは一人では限界がありますよね。
非常に良い体験でした。  

人生は出会いよりも別れで決まるかも

僕は、大学生の1回生の途中までガラケーを使っていました。
LINEではなくもっぱらメールでのやりとり。
ガラケーではLINEは非常に使いづらいんですよね。笑

 

そこからはずっとスマホです。
ガラケーは同じのを5年使っていました、いざ機種変更してもなかなか捨てることはできません、愛着があるんだな。笑

 

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今は目覚まし時計として使っています。
以前にふとガラケーのメールを見返しました。
大学生の新入生歓迎会で仲良くなった人とのやりとり、2回生から被っている授業がなくなって全く話すことなくなったなぁ。

 

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その時仲良かった女の子とのメール、風のうわさで去年結婚したって聞いたなそういえば。
一時期ずっと遊んでいた友人、留年して会わなくなっちゃったな。
などなど。  

 

人生は別れの集積なのです。 人との出会いが人生を大きく形作るのは、感覚として理解できます。
それと同じで「人生は別れで決まる」とも言えるかもしれません。

 

出会いのない一生などない様に、別れのない一生などないのです。
でも、その別れは別れじゃないかもしれない。  
再会までの待ち時間に過ぎないかもしれません。
袖振り合った人たちは今元気にしているのかな、全員に会いたいわけじゃないけど、久々にあいつとかあいつに会いたいな。  

 

ではでは!