人生が終わるまでにしたいことってありますか?本当にやりたいことって見つかっていますか?
なかなか難しいですよね。ある程度の年齢になると時間も無くなってきたり、色々な選択肢もあったりして本当に自分が求めている物が分かりづらくなることがあります。
本当に自分が挑戦したい・やってみたいことに全力を尽くしてみたいですよね?でも、自分が何をしたいのか分からなくてモヤモヤする、こういうことあると思います。
ですが、こういった時は「未完の行為」を探してみましょう。人生でやり残したこと、達成できなかったことを思い出すのです。
・人生でしたいことが見つからない・・・
・興味があることに情熱を燃やしたい!
という人にむけて書きました。
- やりたいことがないと、人生は退屈しかなくなる
- 人生のやり残しである「未完の行為」を探すことで、やりたいことが見つかる
- 僕の場合は、「ゲド戦記」と「ブログ」
したいことがない、こうなると人生はうんざりするくらいに長い
人生は長いか短いか、これは人によって感覚は違うでしょう。ちなみに、僕は長いと思っている派です。人生100年時代は長過ぎる・・・
実際に、趣味を楽しんだりしたいこともあるのに、こんな感じです。もし、何も人生ですること・しないことがなかったらと考えると怖くて仕方がない。
過労死するくらい忙しい人生は嫌、でも退屈で死にそうになる人生も嫌・・・
つまり、精神衛生上の観点から見ても、「やりたいこと」がある方が絶対に良い。何も目標やしたいことがないと、どれだけ自由でもつまらない。
こういう時に、僕は受験生の頃(現役+浪人)を思い出します。受験生は不自由かもしれませんが、前向きに取り組めていていたので充実感はありました。
そして、何より一年間が短い。「え、もう本番なの?」ってなります。退屈なんかとは無縁でした。
なので、自分の人生において「したいこと」・「やりたいこと」を見つけた方が絶対的に良いのです。何もしなくてOK・ずっと自由時間というのも憧れますが、絶対にそのうち退屈してしまいます。
「未完の行為」がみっかんない人はいない
そう言われても、「やりたいこと」が見つからない!
と言う方も多くいるかと思います。
その際に、意識してほしいのは今までの人生の「未完の行為」を探すということ。これは、「日本一やさしい天職の見つけ方」という本で紹介されていました。
精神科パールズという方が作った言葉だそうです。
「未完の行為」とは、簡単に言うと人生でやり残したこと。自分でも気付いていない、過去の人生の心残りです。誰にでも、やりたかったのにやれなかったこと、一つくらいはあると思います。
作者の中越裕史さんは、もともと心理学に興味があり大学で専攻を希望しました。しかし、単位数の関係で学生課は受理してくれなかったそう。
そこで、中越さんはあっさり諦めてしまいます。その際に、大学編入や一年留年してまで、心理学を学ぼうというガッツは起きなかったらしいのです。
自分には、「心理学を学んで臨床心理士になっても、食べていけるのは一握りだ」と自分に言い聞かして泣き寝入り。
大学生の頃に、夢破れたのが悪かったのではありません。この時何もせず、ただ諦めたのが悪かったのです。だから、心理学が僕にとって「未完の行為」になったのです。だから夢破れた後、次に進むことができなかったのです。
それから年月が経ち、「未完の行為」を知って僕が思ったこと。それは、「なんであのとき、僕はもっともがかなかったんだろう・・・」ということ。もがいてもがいて、もがきまくって、それでもダメなら諦めがついたのに。
思えば、僕にもありますね、「未完の行為」、あなたにはありますか?そう言えば、中学校の剣道部も高校のハンドボール部も途中で辞めてしまいましたし・・・
自分の人生でこれまでトライしたことで、頑張りきれず諦めた物を探すこと。こうすると、人生で本当にしたいことが見つかるのではないでしょうか!
「未完の行為」を行うことは=人生の悔いを消していくこと
中学生の頃に、「ゲド戦記」を途中で挫折した
本来はもっと大きな話だとは思うのですが、「未完の行為」と聞いて、パッと頭に浮かんだのが「ゲド戦記」。
中学校の時に、ジブリで映画化されることが決まり、岩波書店が新装版で「ゲド戦記」を発売したんですね。
当時中学生で、本が好きだった僕は、親にねだり買ってもらいました。しかし、全5巻あるうちの3巻目で何故か挫折。。。笑
本は読んでいたのですが、海外古典文学の淡々と進んでいくのがどうにも理解できなかった。そこまで難解な内容ではないのですが。。。
「ハリーポッター」シリーズとかは、本で全て読んでいたのでいけるだろうと思ったんですね、おそらく。
そうして、ゲドの戦いの歴史は僕の中で途中で終わりました。僕の持っている本は2006年に出ていたので、実に14年も塩漬け。
しかし、最近買って面白かった「私が知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」という本。書評ブロガーDainさんと言う方の著書。
この中で、作者が本好きの知人たちと「屈辱ゲーム」というゲームをします。これは「自分が未読の本を挙げて、他の人が読んでいればいるほどポイントがもらえるゲーム。
つまり、他の誰もが読んでいる有名な本を読んでいなければ勝てるという屈辱的なゲームなのです。作者はこの時、なんと「ゲド戦記」を挙げて優勝。
大人になってから読むべきだと全員に説得されて、読んだ。大正解だった。
この本を読み、「未完の行為」というワードを知り、僕は
これは神の啓示だ。「ゲド戦記」もう一度読もう!
と決意。連休で奈良の実家に帰った際に、「ゲド戦記」を持ち帰り、今読んでいます。面白い、もう一度読み出して良かった。
これまでの人生のしこりが消えていくような感じです。
ブログも昔書こうとして辞めていた
これは後付け的に思ったのですが、ブログも僕の「未完の行為」でした。19歳の頃に自分が好きな洋楽(Radioheadとか)に特化したブログを書こうかと思った時があったのです。
その時はアメブロでアカウントを作り、いざ書くだけというところまで行ったのですが、
どうせ書いても、誰も見てくれないよ・・・
と始める前に挫折。結局何もせずに終ってしまったのです。今から思えば、その時に初めておけば良かった・・・
そして時は流れ、僕は2018年の6月からこのブログを始めましたが、辞めずに今でも続けれています。文章を書くのが楽しいので、モチベーションもまだまだあります。
きっと、「ブログを書く」ということが、僕の「未完の行為」だったんでしょう。だから、飽きずに腐らずに続けてこれたのかなぁと。
他にも「未完の行為」を探すぞ!
まとめ
では、最後にこの記事をまとめます。
- やりたいことがないと、人生は退屈しかなくなる
- 人生のやり残しである「未完の行為」を探すことで、やりたいことが見つかる
- 僕の場合は、「ゲド戦記」と「ブログ」
今まで人生で夢半ばで挫折したもの多いと思います。それを探してみて下さい、きっとこれからのしたいことに繋がるはず。
僕は今趣味でランニングをしています。小学校の時に、50m走のタイムが悪くてコンプレックスを持っていたのが影響しているのかも。しかも、その時に、50m走のタイムが良くなる努力もしていませんでした、きっとこれも「未完の行為」なのかな。
ではでは!