会社員コルレオーネBlog

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人に興味を持って何か良いことあるんですか?

こんにちは、ビット・コルレオーネです。

今回はちょっとエッセイ的な感じで。
人間関係って難しい、この思想には賛否両論あると思うけれど、他人に興味を持たないということをお勧めしたい。

それは何故か?

僕が思う大きな理由それぞれ述べていく。

他人の欠点が目につかない 

世の大前提として、完璧な人間はいない。
つまり、自分が好感が持てる人物であっても、知ればそのうち欠点にぶつかる。
これってすごく勿体ない。
勿論、自分の親友やパートナー、深い付き合いをしたいって人であれば欠点まで理解して然るべきというのは分かるし、そうすべきだと思う。
しかし、会う頻度がさほど多い訳でもなければ、深入りせずに「いい人」という印象のまま留めておいていい気がする。わざわざ嫌いになりにいく必要などない。

逆なパターンとして、もともと自分が嫌悪感を抱いている人物がよくよく知っていくと長所が見つかったというパターンもある。
マイナススタートで良いところが出てこれば、ギャップ効果もあるので一気に好きになる可能性も否めない。
よくカップルにおいても、「最初は全然好きじゃなかった」なんて発言も世の中でちらほら耳にする。
なので、こちらは博打覚悟、当たればラッキー精神で深堀りしても良いかも知れない。

他人をバイアスなしで見ることができる

人がある人の言動・行動を評価する際に、純粋にその行いを評価することは実は難しい。
好きな人がする行動と嫌いな人がする行動が全く同じものでも捉え方は変わってくる。いつも嫌だと思っている人が道徳的に素晴らしい行動をしても、何か裏があるのでは勘ぐるなんてのはよくある話だ。

人に興味を持って勝手に嫌いになって、バイアスを持って純粋に言うことなすことを評価せず、被害者面をする奴はうんざりするくらいいる。
もし読んでいる方で周りに自分に常に食ってかかってくる輩がいると感じている方は、その人と距離をとるべきだ。
興味を持たないと同じくらい、自分に合わない人に興味を持たれないというのも生きていく上で欠かせない。
いじめなんてのもいじめっ子がいじめられっ子に興味を持たないと始まらないのだ。

自分の時間を無駄にしない

人に興味を持つ前に自分のために時間を使えと言いたい。
僕は自分が興味もない人の話を聞くなら、その時間で一本でも多くの映画を観たいし、一冊でも多くの本を読みたいし、一枚でも多くのCDを聴きたい。
自己投資に時間を使えば、そのうち付き合う人間も少しは変わってくるだろうし、そのうち興味を持ちたくなる人も増えるというものだ。
レベル上げをしていない時点の周りの人間環境なんてマサラタウンの草むらと変わらない。
Lv.3のコラッタなんて相手にするだけ無駄無駄無駄なのである。

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ストレスが減る

地球を指で押しても、動かない。
分かり合えない人に、自分の考え方・価値観を押し付けるのもまた同様。
元々分かり合えない人も世の中にはいるともう一度再確認したい。
理解し合えない人に興味を持ち、勝手にイライラしてもそれは100%自分の責任だ、そこで被害者面するみたいなダサい行為だけはしないでいようと心に刻んでいる。
魚沼産コシヒカリと静岡産最高級マスクメロンジャムはどちらも、素晴らしい食品だが混ぜると目も当てられないし、それは混ぜた奴が悪い。
さっさと梅干しを探すか、パンを探せ。

コミュニティに囚われなくなる

人間は生きている中でほぼ必ず、何かしらのコミュニティに属している。
人生のストレスを減らしたり、日々の満足感を上げる方法として複数のコミュニティに属することが挙げられるが、これは逆に見れば1つのコミュニティに依存することの危険性を表している。
コミュニティは本来閉鎖的なものだ、そこに囚われ過ぎると、弊害しかない。
例えば、超ノリ重視の元気爆発脳みそ空っぽ集団に天才的なプログラミングの才能を持った内省的な人物がいても、おそらくその才能を開花させることはできなく、病んで終わってしまうだろう。
コミュニティに囚われない秘訣はそのコミュニティの人に興味を持たないことだ。
自分から好んで入ったオフ会や同好会でない限り、興味を持っても仕方ない。

 

偏見ばかりでお届けしたので、気を悪くした方は申し訳ない。
マザーテレサの有名な言葉に「愛の反対は無関心」というものがある。
彼女が亡くなったのは1997年、1990年の世界総人口は約50億人、今は約70億人、事情も変わったってことですわ!

ではでは!