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痛い人になってしまうと恥ずかしい。自分が痛い人にならないための対応策や人との付き合い方を考えてみた。

身の回りには1人いる、どのコミュニティでも1人はいる、そう痛い人は身近にいっぱいいるのです。痛い人と接するのはなかなか大変ですよね。

 

気は使うし、話していても別に楽しくはない。しかしここで注意したいのが、自分も痛い人間ではないかってこと

 

痛い人間は、自分が痛い人間だと気付いていない

 

これって結構真実だと思うんです。自分のことを冷静に見るのってめちゃんこ難しい。「あいつは痛い人間だ」と思っていても、僕らも陰で

 

あの人っていつも痛々しいよね

 

なんて言われているかもしれません。さらに怖いことに、大人になると誰も注意してくれないんですね。気付ける機会すらもらえませんと。

 

・痛い人間と接するのはストレスだ
・自分って痛い人間なんだろうか?

 

という人にむけて書きました。

 

最初に結論から!

 

  • 痛い奴になると人生がハードモード仕様になってしまう
  • 痛くならないためには、自分を客観的に見ることが大事
  • とはいえ本当に親しい人間の前では、痛さは出てしまうもの

 

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痛い人になると、毎日生きづらい

痛い人は生きづらい。これは万人が賛同してくれるでしょう。ちなみに検索してみると、

 

身の回りにいる痛い人とどう付き合っていけば良いですか?

 

という内容が多いんですね。確かに身近にいる痛い人って接しづらい。自分の自慢話が多いとか、こちらの話を全く聞いてくれないとか、相手をして疲れてしまいますよね。

 

こちらがコミュニケーションをとることに煩わしさを感じているのだから、そりゃ痛い人は気付いているかいないかはともかく生きやすいってことはない。

 

しかしここでちょっと怖いのが、

 

自分は痛い人間じゃないかな?

 

って視点が少ないってことなんですね。そうなんです、自分がもしかしたらその痛い人って可能性も大いにあるんです

 

周りの痛い人を若干見下して生活してはいますが、実は自分もその痛い人族かもしれない。ザ・ペイン・トライブかもしれない、震えるわ、怖い。

 

僕の持論ではありますが、人に嫌われてもそれはそれで良いかなとは思っています。仕方ないって諦めも込み。

 

万人に好かれるなんて無理だし、逆に万人に嫌われるのも結構難しい。一部に嫌われても、仲の良い人がいればトータルではプラスと考えています。

 

しかし打率ってものも確かにある。100人と会って、100人に好かれるのも100人に嫌われるのも難しい。でも90人に好かれる人と、90人に嫌われる人がいるのも確か。

 

痛い人になってしまうと、打率が極端に低くなってしまいます。人と会っても会っても好感を持ってもらえない

 

嫌われると陰口を叩かれるだろうし、恨みを買うかもしれません。あることないこと言われて迷惑をかけられるかも。

 

こうなってしまうともったいない。非常に人生でロスが多いんですね。

 

出会いがなくて・・・

 

なんて言い訳はよく聞きますが、実は出会いがあってもモノにできていないだけかもしれません。

 

ん?お前はどうなんだよ、って声が聞こえたぜ?

 

僕ですか?僕は自覚あります。おそらく僕はまぁまぁ痛い人間です。人の話を上の空で聞いていることも多いし、自意識過剰だし、自分が好きな話題じゃないとテンション下がってしまうし。

 

野球の話をされても全く反応しないけど、自分が好きな映画とか日本語ラップの話になったら相手が嫌がっても延々話し続けるし。

 

ロキソニンの2・3錠でも処方してもバチが当たらないレベルの痛さ。おまけに長いこと彼女もいないし。

 

まぁ、出会いがないからやねんけどな!

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大人になると痛い人だと注意してもらえない

僕は人に基本的に注意しません。かと言って褒めて伸ばす主義みたいなキレイな話でもない。

 

人が目に余る行動をしていたり、明らかに問題がある言動をしていても、あまり忠告はしません。なぜなら、

 

人に注意するのって面倒やん!?

 

その時間がムダだし、注意して逆恨みを買うのも怖いし。人に注意したり説教することでエクスタシーを感じるタイプの人でなければ、極力忠告なんてしたくないもんなんですね。

 

僕は人に注意しても気持ち良くはなりません。脳内からそういう分泌物は出ない体質なのです。注意したらしたで気を使うしやりたくない。

 

「お前のために言ってるんだぞ」って言いながら、自分のストレス解消している人もいるけどね

 

エイリアンくん
こういうタイプの上司に当たった新入社員はご愁傷様って感じ

 

とにかく僕は愛想笑いで済ませてしまうんですね。深入りしたくない。

 

僕みたいなのからしたら、相手のためになる適度で的確な指摘をしてあげる人ってすごい優しい人。逆に僕みたいな放置をしてしまう人間は優しくはない。

 

これは職場とかプライペートとか身近な人間関係でもそう思っているので、初対面の人間にも当然言わない。

 

大人になると仕事をミスした際に注意を受けることはあっても、人間性に関する指摘を受けることってほぼない。痛い人がまともな人から、

 

そんなに自分の話ばかりしていたら、周りの人も疲れちゃうよ

 

なんて教えてもらえることってツチノコ見つけるくらいレア。

 

実際に僕の身の回りの痛い人って、腫れ物に触る様に接されています。変に刺激を加えると暴走しちゃいますからね

 

こうなると痛い本人は気付いていません。というか気付けません。

 

自分の周りには親切な人が多いな

 

くらいなもの。自分がギリギリ危険物規制がかかっていないだけなんて全く予想していない。周りの人の心持ちは、学校にあったストーブに灯油を注いでいる時の心理状態とほとんど一緒。

 

こうして痛い人は表面上だけの付き合いにとどめられ、一生「あなたは痛い人間だから、治療したほうが良いですよ」とは教えてもらえずに埋葬されますと

 

こう思うとよく怒られる人ってある種才能の持ち主かもしれない。人に「こいつには注意してあげないと」って思わされる魅力の持ち主だから。

 

本当にヤバい人って、明らかにおかしいのに誰も注意できない人なのかも。あなたの職場にも1人はいますよね、そうその人です。

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痛い人にならないために守っておくべきルールとは?

人の顔色をうかがう

コミュニケーションは話し手と受け手で成り立っているもの。自分が気持ち良く話していても、相手がつまらなさそうにしているなんてことは往々にして起こりえます。

 

この人は今どんなテンションかな?楽しんでいるかな?

 

と確認するクセをつけましょう。

 

逆の立場になると分かりやすいです。自分が興味のない話を長々としてくる相手がいたとします。

 

例えば僕なら野球でしょうか。ぎりぎり野球のルールは知っている、しっかり野球選手は知らない僕に野球の話をしてくる人がいたとします。

 

昨日の甲子園で〇〇がホームランを打って、バントがスクイズで、スラッガーだったんですよ。

 

的な。まぁ意味分かんないけど。

 

ここで僕が愛想笑いをしていても、ふとつまらなさそうな表情が出ちゃったとします。この変化を感じ取って、話題を変えたりしてくれたりすると好感度は高い。

 

逆にそんなことに気付かずにそこから10分も20分も長々と話し続けると、

 

空気の読めない痛い奴だな

 

となってしまう。

 

大事なのは痛くなりかけている瞬間に自分で気付き方向修正できるかということ。自分の話で相手が満足していない時に、リカバリーに走れるかという観点ですね。

テンションを合わせる

痛い人って会話の外から見ていても、なんとなく分かります。それこそ会話の内容を聞いていないくても、なんとなく雰囲気で感じとれてしまう。

 

なぜなら痛い人だけ会話の際のオーラが違うから。話していて以下の特徴の人っていませんか?

 

  • 話すスピードが異常に速い
  • 会話の他の参加者より5割増くらいで声が大きい
  • 5人くらいで話しているのに、その人が話している割合が8割

 

これを満たし出すと、痛い奴認定に大きく近付きます。3つ全て満たしたらビンゴ。痛い奴ゴールド免許がもらえちゃう。

 

痛い人って自分の世界にこもりがち。周りの雰囲気とかを一切気にしません。まぁ周りを気にしないというと、角度を変えてみれば褒め言葉っぽい気もしますが。

 

痛くない人の反対のよくできた人を考えて見ましょう。痛いの反対なので、痒いくらいでしょうか。

 

痒い人ってその場のバランスを見れています。話している時のトーンとかペースとかを周りに合わせているんですね

 

ちなみに焼肉食べにいって、気付いたら肉を焼いたりひっくり返してくれている人は痒い人です、仲良くしておきましょう。

 

周りの人の話すペース・声のトーン・話す割合などテンションを合わせれるかどうかです。偉そうに言っていますが僕も、

 

さっき俺ばっかり話していたな・・・

 

なんて思うこともしばしば。自分が話したいことを話したい様に話せた、この代償は実は結構大きいかもしれません。

話題に気をつける

話す話題に気をつけましょう。自分だけが楽しめる話題は控えるのが賢明です。

 

カラオケでは歌う曲をメンバーによってきちんと使い分けれるのに、話す話題は使い分けられない人って多い。これ僕が考える現代の七不思議のひとつ。ちなみに他の不思議としては、叶姉妹の収入源がいまひとつ分からないとか。

 

僕の経験上、痛い人って周りの雰囲気を気にせずに話題を繰り広げがち。僕が振り返って「今日の自分は痛かったな」って感じる瞬間の多くは、自分が話したい話題を延々話していた時が多い。

 

みんながみんな盛り上がれる話題ってのも実際のところ少ないのも事実ですが、最大公約数を探す努力をしていて損はありません

 

裏を返せばグッと我慢して、相手に相手の好きな話題を話させてあげる。これができればきっと上級者。

 

相手を痛い奴になるまで甘やかせる人って、実は相当コミュニケーションの達人かもしれません。

分相応の見た目を意識する

これは見た目の話です。痛い人ってそもそも客観的に自分のことを見れていません。言動もそうですが、見た目などもそう。

 

顔の皺とか皮膚とかは年相応なのに、服装だけやたら若作りしている人って周りにいませんか?口には出しませんが、

 

なんか見ていて痛々しいなぁ・・・

 

って思うはず。香水の匂いがやたらぷんぷんする人も同じジャンルですね。いい歳して茶髪にしているおじさんも、TSUTAYAだったら同じ棚に並ぶやつ。

 

ここでも怖いのが、別に誰も

 

もうちょっと落ち着いた服装にした方がいいですよ

 

とは教えてくれないこと。そりゃそうでわざわざ僕も指摘して揉めたくはない。でもそのくせみんな陰で馬鹿にしているんだから世の中ってのは気が抜けない。

 

テレビで見る芸能人ってやっぱり特別若い。僕ら一般人が同い年の俳優や女優のファッションをマネするとえらい目にあうんですね。

 

深田恭子と同い年の人が深田恭子のファッションをする、マジで事故物件の匂いしかしません。

 

もっと極端な例を挙げれば、50代の男性が、

 

おれ、Hydeと同い年だし

 

とHydeと同じ髪型にしてしまうとか。

 

 

年齢ももちろんですが、自分の体型とか顔の作りとか、そういったものを客観的に見ないといけません

 

悲しいもので30代でも見た目が若々しければ、若い人のファッションも似合います。20代で見た目が老けているならば、落ち着いたファッションを選ぶ方が無難なのです。

人のペースを考慮する

僕もまさにそうで、痛い人は自分勝手だし、自分のことしか見えていません。こうなると行動にも変化が出てきます。

 

自分のペースで物事を進めたい

 

って思ってしまうんですね。まぁここらへんはまだマシ。あくまでも願望だし。ただこじらせてしまうと、

 

周りの人も自分のペースに合わせてくれるはずだ!

 

と勝手に思い込んでしまうんですね。その人にはその人のペースがあるし、事情や都合もあるってことを忘れてしまう。

 

ここらへんも紙一重で、人のペースを考慮できる人はきちんとした人として扱われますし、逆に自分の都合だけで動いて相手のペースに敬意を払わない人は痛い人間に成り下がってしまうのです

 

自分がされると分かるのに、自分がしていると全く気にも留めない。ここも要注意です。

とはいえ痛さはある意味では必要

色々書きましたが、最後に痛さはある程度必要という話をします。

 

え、言うてること違うやん、このタコ!

 

と思った方、暫しお付き合いお願い致します。痛いのは確かにNGですが、無痛もそれはそれで問題です。

 

ここでちょっとお題です。

 

あなたの本当に親しい人間の、一番痛い部分を言ってみて。

 

どうでしょうか。多分言えると思うんです。というかここで、親友なり家族なり恋人なり全く痛いところを言えないなら、おそらくそれは本当には親しいわけじゃないと思うんですね。

 

完璧な人間なんていません、つまり誰しも痛い部分は絶対にちょっとはあると思うんです。本当に親しい間柄なら、その人の痛い部分もちょっとは知っているはずなんです。

 

これは僕自身の話なのですが、出会った人の中で自分の痛い部分を曝け出してしまったパターンと、全くさらけ出していないパターンがあります。

 

不思議なもので長い付き合いや深い付き合いになるのって、決まって前者なんですね。

 

痛さを暴露できなかった人って、なぜか親しくはならない。嫌われてもいないし、「良い人だ」という印象を持たれているはずなんですが、そこ止まり

 

きっと「痛さ=自己開示」だと思うんです。

 

僕は〜な人間なんです。

 

と相手に伝えるのって、多少の痛さは伴うもの。だって相手からしたら必要のない情報ですもん。「そんなん言われても・・・」と思われる可能性もありますしね。

 

しかしこうして痛い部分まで出さないと、親近感は持ってもらえません。腹を割った深い関係にはなれないんですね。

 

逆に考えてみると、欠点のない良い人だけどどんな人なのか全く分からない、これってちょっと近づきづらいですよね。

 

本当に深い関係になるには、自己開示のステップは不可欠。自己開示をするのって、一方的な自己主張にはなってしまうから多少の痛さも出てしまう。とこんな格好でしょうか。

 

最近読んだ中で、一番面白かった本がDaiGo「超人脈術」。人脈作りというものを目的に、普遍的なコミュニケーションの極意を丁寧に教えてくれる名著です。

 

本当に良い本って、読んだら毎回「もっと早い時期に読みたかった」となぜか恨めしく感じてしまいますね。これもそんな一冊

 

この本の中でも自己開示の重要性が書かれていました。

 

友人関係を築く上で、最も鉄板の方法が自己開示。信頼感を高め合うには、お互いの情報を握り合うことが大事だからと書かれています。

 

そしてともすれば痛くなりがちな自己開示をする際にスマートに行うルールも書かれていたので、ここでご紹介。

 

スムーズな自己開示をするためのルール

  1. 先に自分のエピソードを明かす
  2. 会話全体で自分が話す割合は2〜3割
  3. 自分が話したいことではなく、親しくなりたい相手の内面にあわせて話題を選ぶ

 

これだけ、3つなので簡単です。

 

 

痛すぎても良くない、かといって無痛も親近感が持てない。自分を良い様に見せすぎても仕方ありません。

 

本当に親しい人間関係であれば、意識をしていてもついつい自分の痛い一面が出てしまうもの。そんな付き合いができる人がいるのって、実はめちゃくちゃ幸せなことかもしれません

まとめ

では、最後にもう一度この記事をまとめます。

 

  • 痛い奴になると人生がハードモード仕様になってしまう
  • 痛くならないためには、自分を客観的に見ることが大事
  • とはいえ本当に親しい人間の前では、痛さは出てしまうもの

 

痛いのは良くない。しかし深い人間関係になると、痛さを全く出さないのも良くない。

 

自分を客観的に見て、痛さを無くす様に努力しましょう。そしてそんな努力をしていても、つい痛い一面を出せてしまう友人・家族・恋人などを大事にしましょう

 

このブログは、僕の実体験、考え、趣向をもとに記事にしている雑記ブログです。会社員をしながら、毎日少しづつ書き溜めています。

 

この記事が面白ければ、是非他の記事も読んでいって下さい。貴重な時間を頂きありがとうございました。ではでは!

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